ひとり旅好き女子が目にした、小笠原諸島 父島という島のこと

ひとり旅好き女子が目にした、小笠原諸島 父島という島のこと

『海外より遠い東京』

南島

2015年9月、わたしは『小笠原諸島 父島』を訪れた。

小笠原諸島は東京都に含まれる。

しかし、交通手段は基本6日おきに出ているフェリーのみで、片道25時間半かかることから『絶海の孤島』『海外より遠い東京』とも言われている。(2017年現在は船が新しくなり片道24時間に短縮。)

片道25時間半も船に乗らないとたどり着けない場所とは、一体どんなところなんだろう?

そこにはどんな暮らしがあるんだろう?

どんな人が暮らしていて、どんな人が訪れるんだろう?

そこでわたしは何を思うのだろうか。

島のこと

父島

東京から南に約1000Kmの場所に小笠原諸島 父島は浮かんでいる。

父島の周囲は約52.0Km、人口は約2130人、気候は亜熱帯海洋性気候に属しているため冬でも雪が降ることはない。

小笠原諸島は父島を含めた30あまりの小さな島々で成り立っており、母島・兄島・弟島・姉島・妹島・姪島など、なぜだか家族にちなんだ名前がいくつか付けられている。

島々を囲む美しい海にはイルカやクジラもやってきて、山や森には世界的に希少な固有種が多く存在するため、2011年にはユネスコ世界自然遺産に登録された。

この自然を守るため、外来種を侵入させないよう様々な工夫がなされている。

おがさわら丸

小笠原諸島には空港がないため、交通手段は東京の竹芝桟橋から出ているフェリーのみ。

さらに、片道24時間かかることから、6日に1便の運航が原則となっており、となると旅するには最低でも丸6日間が必要。

時化でフェリーが欠航になることも考えられるので、ふらっと気軽に行ける場所ではない。

でも旅人にとっては逆にそれが魅力的に感じるし、島の環境を守るためにも大事なことのように思う。

ちなみに、フェリーには『おがさわら丸』という名がつけられており、旅人の間では『おが丸』の愛称で親しまれている。

2016年に2代目おが丸~3代目おが丸へとバトンタッチし、これまで片道25時間半かかっていたところが24時間と乗船時間が短くなった。

(フェリーの詳しいお話はまた別記事にて。)

観光のこと

ユースホステルに並ぶギョサンたち

父島にはさまざまなタイプの宿泊施設がある。民宿・ペンション・ユースホステル・バンガローなど、人数や自分の旅スタイルに合わせて選ぶことができる。キャンプや野営は禁止されているので、必ず宿を確保しよう。

島内はバスも通っているが、原付や車、自転車などのレンタルも可能。

飲食店やスーパー、お土産やさんは港の近くに集まっている。

アクティビティも充実

ドルフィンスイムトレッキングツアーなど、大自然を楽しめるアクティビティも盛りだくさん!ガイドさんとともに戦跡をめぐるツアーもおススメだ。

認定ガイド同行でないと入れない、1日の入島人数が100人までと決まっている南島へのツアーは早めの予約を。

(観光の詳しいお話はまた別記事にて。)

見たこと聞いたこと感じたこと

船上で思い思いのときを過ごす

竹芝桟橋を出港してしばらくすると、辺りはどの方向も海海海。

やがて携帯の電波が届かなくなり、たまに揺れも出てきて、すると乗客は眠りについたり、デッキでぼんやりしたり、宴会が始まったり。

夕日と朝日タイムにはデッキが人であふれ、でも言葉にならない美しさに静かで穏やかな時が流れる。

船の上から見た朝日

船が父島の二見港に着く頃にはみんなそわそわしだし、船上で仲良くなった人と連絡先を交換してそれぞれの道へ。

わたしたちが乗っていた船が東京へと戻っていく姿を見たとき、取り残されてしまったような恐怖心がすこし。これは島を旅していて初めての感覚だった。

でもそれはダイナミックな自然や遊んでくれたイルカたち、毎日違う表情の夕日や星や朝日たち、そして出逢ったおもしろい人たちのおかげでアッという間に消え去った。

今も残る戦争の爪痕も忘れられない。

お見送り

島を離れる日、島の人や島に残って旅を続ける人とのお別れは寂しいものだった。

海にお見送り飛び込みをしたかと思ったら、今度は山の上からいってらっしゃいの信号を送る姿や、一体どこまで!?と思うくらい自分たちの船でフェリーを追いかけてくれる姿に、ココロがじんとした。港ではこうして出逢いと別れがくり返されている。

次、ここに来れる日はいつになるだろうか。

24時間の船旅が終わる頃、「同じ海とは思えないね…」同じ船に乗った旅人さんとそんなことを話した。